覚 め な い 朝 





『今度の試験こそ、お前を抜いて、私が主席になる!』


それは、いつかの夢。


まだ幼く、ただ真っ直ぐ前だけを見つめていた頃の夢。
黒いスカートを翻し、肩で風を切って歩いた。
周りに並び立つ男達の大きな歩幅に負けないよう。


誰よりも先に

誰よりも上に


弟のために、家のために、国のために、武器を持たない人々のために。


その為に剣を握る日々。

今と変わらない、その信念。
自分が今も生きる理由。

けれど、ただ一つ夢の中にはあって、今は無いものがあった。


帝都に建つ帝国軍 軍学校。
その廊下。
ある昼下がり。

声を張って、胸を張って、背筋を伸ばして、睨み上げる。
その先の柔らかな赤と揺れる蒼。

そして、耳朶を打つ優しい声。


『うん、一緒に頑張ろう。』


包み込むような声色。
今は静かに心に響くそれも、あの頃の自分には通じない。

『ば…馬鹿者!私は勝負を挑んでいるんだぞ!?
 そんなヘラヘラと敵を励ますような真似!』
『敵って…やっぱり頑張るならお互い様だし。
 ほら、スポーツマンシップってやつ?』
『煩い!もっと真剣になれ!』


心に吹き溜まるもやもやとした感情が、あの頃は何なのか分からなかった。
ただ積み重なっていくその想いに翻弄されるのが悔しくて、苛立ちをぶつけていた。

しかし、迷惑であったろう八つ当たりに近い私の言動も行動を、彼は受け止め、流す。
そういった時点で、彼はある部分に於いて、自分より大人だったのだろう。
当時の私は決してそれを認めることはないだろうが。


『…とにかく!手を抜くことは許さん。
 全力で試験に臨むことだ―…いいな?』

純粋な、まだ白に近い色をしていた自分が赤い影を睨めつけ、




「……レックス」




自分の声で目覚めるのは、初めてだった。



しばらく霞掛かった思考が回る。
ゆっくりと目線だけを動かし確認する。
見慣れた天井、枕の上にある窓、カチカチと針を鳴らす時計。―いつもの起床より随分早い。

意識の覚醒した次の瞬間に訪れるのは、圧倒的な寂寥感。



なんて夢を、見たんだろう。



季節の巡りが十回以上も前の、まだ何も知らなかった、あの頃。
懐かしさを通り越して羞恥の塊だ。
隠さなければならないほどの記憶ではないだろうが、「若かった」などと言えるほど綺麗な思い出でもない。


恋を恋だと認められなかった。
彼に感じる憤りも、焦燥も、不安も、恋焦がれる気持ちに帰結してしまうことを知らなかった。
その余裕の無さが可笑しい。
…もっとも、羞恥の中にも過去のそれらをそっと笑える穏やかな自分が今いる訳だが。


支度をするために洗面台の鏡を覗く。
そこには夢の時分より随分と歳を重ねた顔が映っていた。
荒れた肌、うっすらと浮いたままの隈。
人の上に立つ仕事によるストレスによる職業病。そう思わないとやってられない。
あの頃よりは、美容に多少気を回すようになった。

手を動かしつつ懐かしさに向かって思考を回転させると、ふと潮の匂いが鼻を掠める。
今ある現実のものではない。けれど確かに感じたことのあるもの。

帝国領海内にある、地図にも載らない小さな島。
けれど自分の運命を大きく変えた島。
弟の眠る場所。

軍学校の出来事よりもその島での日々の方が鮮明に覚えている。
剣の重さ、戦場の乾いた空気、召還術の光、多くの罵声・呻き、海の青、森の緑、

そして、彼のよく通る声・柔らかな空気・赤い髪・揺れる蒼・力強い手・優しい笑み
…そこから生まれる言葉。

よく、覚えている。

『いいんだよ。その気持ち、俺にだってよくわかるし・・・。
 それでこそ、アズリアだよ。俺、応援するから・・・。』

夢を叶えたいという言葉に、確かに添われた芯のある言葉。
差し伸べられた手を突き返すようになってしまったのに、彼は微笑んでくれた。
そっと背中を押してくれた。


なあ、レックス。
私はちゃんと夢の方へ歩いているよ。
私は私のままで、前を向いているよ。


―だから、許してくれないか。
自分の夢の為に貴方の手を取れなかった私が、未だに貴方を想っていることを。
このままずっと、貴方を好きでい続けるであろうことを。





「―…おはよう。」



剣を持たない誰かの為に、今日も頑張るから。






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先生が故人みたいだなんてそんなこと言っちゃだめだよ★

やっちまった感溢れるアズED後。ここからサモ4設定へと流れます。
てんてーとの思い出が糧となりつつ重りとなってプラマイゼローな感じで
日々を過ごしていたら良いと思います。





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