日 々 は 回 転 す る 




真聖皇帝の統べる帝国の端、聖王国との国境にアズリアの住む町がある。
何ヶ所かある国境の町の中では一番規模が大きい両国の貿易の中心部であり、
物流による整備や検査の機関・商人達の宿などの仕事で生計を立てている場所だった。

陸戦隊に籍を移してから10余年となり、勤務地もこれが3ヶ所目だ。
もっとも、相変わらずの女性軍人への嫌がらせなのか、はたまたその能力が本当に買われているのか
場所は変われど『聖王国との国境警備』という職務内容は変わることのない異動が続いている。

揉め事の多い旧王国との国境警備に比べれば、比較的友好である国の国境警備など、取るに足らない閑職であり、
正直移った当初はあまりの空気の違いに辟易していた。
しかしそれも、現在アズリアの持つ「隊長」という肩書きが効力を発しはじめてから杞憂のものとなる。
何処のどんな場所へ行っても、隊長という役職はそれなりに忙しいものなのだ。

帝国軍陸戦隊 国境警備隊 隊長 アズリア・レヴィノス
それが彼女の肩書きだった。
一応聖王国沿いの砦全てをまとめる位置にはあるが、それも一番大きなこの町の隊長職に就けば自動的に上がってくるオマケのような名前であるし、
実際の所、他の年上の隊長達から発言権をあまり貰えていないというのが現状であった。

とはいえ、アズリアにはそれを悲観する様子はない。
一度は地に落ちた自らの名前に再び「隊長」という呼称が添えられることは、復帰した当初は考えていなかった事なのだ。
ただ剣を持たない人々に代わり、脅威となるものへと立ち向かっていくだけ。
それを自身で続け、僅かにできた部下にも説き聞かせていたら、いつのまにか隊長へと任命されていた。
ただ、それだけのこと。

過去の自分が見れば、なんと悠長な!と憤るかもしれない今の自分の職務姿勢。
けれど、これが今の自分の一番。
楽しいことがあれば、嬉しいことがあれば、素直に笑える、余裕のある自分。
この穏やかな時間が、アズリアには大事なものだった。


そしてそのアズリアの朝は、砦の周辺の散策から始まる。


玄関から足を踏み出し、朝の空気を吸う。
そして毎朝頭上を見上げ、少し苦笑う。
一人では広すぎる。
家は二階建ての一軒屋。「隊長」職と共に与えられる、軍の持ち家であった。

何箇所かの候補のうち、これでも一番小さく質素な家を選んだ。
しかし、元々何か収集癖がある訳でもなく、そして独り身である彼女では、全ての部屋を使うことも出来ない。
一階部分だけで事足りてしまっている為、二階には書斎くらいしかない。
一応客室も用意しているが、こんな僻地にまで遊びに来る奇特な友人はいない。
掃除が大変なだけだ、と引っ越して3か月後弱音を漏らしたのは、本人以外知らぬ所だった。


朝日に照らされる石畳にコツコツと軍靴を鳴らして歩く。
時間は、朝の人員大移動が始まる少し前。いつも通りだ。
仕事場である砦の建物までは、徒歩移動で15分程度であるが、そこへは商店街を抜けなければ辿りつけない。
(もちろん他の道もない訳ではないが、それだと大廻りになってしまう。)
人の少ない、通りやすい時間というと、自然にラッシュよりも早くなければならないのだ。
結局、歩き易いほうが良いという、気分の問題なのだけれど。

「おはよう、今日も元気そうだな」
「あぁ、おはよう隊長さん。いってらっしゃい!」
馴染みの店へ挨拶しながら進む。
パン屋、野菜屋、雑貨屋、花屋…不慣れな土地での独り住まいを、商人気質なこの街の人々は
手助けしてくれる。
決して良いイメージばかりではない帝国軍の軍人であっても、隔てなく付き合ってくれる暖かさが
、何処かあの島の人々にも似ていて、アズリアは気に入っていた。

商店外を抜けると、右手には学校が集まっている。
すべての学問の基礎を教える幼年学校や、貿易都市であるこの街らしい商業に特化した高等の学校が並び、子ども達が日々学んでいた。
それとは反対の左手には緩やかな坂がある。物資の運搬の為に綺麗に整備された坂だ。
登れば、この町の帝国軍の隊舎が鎮座する。

家から出て街の人々の様子を見て、この坂をゆるゆると歩きながら、アズリアはその日の仕事の内容を脳内でゆっくり混ぜていくのだ。
そこまでの道のりで発見があれば、担当の部下と話をしよう、と。
何もなくても、今日はどんな訓練にしようか、と。

しかし今日は―…


坂の途中で振り返ってしまった。
見下ろした視界には、立ち並ぶ学び舎が広がる。
学校…−子ども…−生徒…−先生

先生……………「馬鹿だな。」


無意味なループへ続くであろう脳の回転を無理矢理ストップさせる。
それもこれも今朝見た夢の所為。
根強い恋心は持ったままでも、それが普段の生活を振り回すようなことは無かったのに。
穏やかな気持ちでいられたのに。
あの懐かしすぎる夢は、あの潮の香りと共に大きな感情の波をも引き起こしたらしい。


今更好きだと、愛しいと、そう呟くことをしても、どうこうなる問題ではない。
伝えられない。この場所からでは。
だからこそ、今の想いを持ったままでいられるのだけれど。


変わらない気持ちがあるということ。
それはとても嬉しいことだけれど、ほんの少し。

本当は、ほんの少し、……………




「おはようございます!アズリア隊長」

支部の執務室に入ると、副隊長であるギャレオが敬礼で挨拶をする。
これも毎日変わらぬ、朝の風景。
海戦隊の隊を率いていた頃から付いてきてくれた一番の部下は、
あの頃より少し老成した顔と変わらない頼もしい姿勢で迎えてくれる。
本当に、よく着いてきてくれていると思う。

「女性初の上級軍人」などという一般的には実現不可能だと一笑されてしまう夢を掲げているのに、
軍人としての生き方を、人としての姿勢を慕っていると言って、支えてくれている。
彼には、いくら礼を言ってもキリがない。

と、言っても今更それを、何の前触れもなく口に出来る柄でもなく。
ただ日々の感謝を込めて返礼をするしかないのだ。

「あぁ、おはよう。ギャレオ。今日も頼むぞ。」
「はっ!」


執務室へ入り、窓際の大きな机につく。
体を伸ばして指が机の端へ届く、という少々広すぎるようなその表面積だが、
大きな遠征や事件・予算編成の時期にはこれを覆うほどの書類や資料が溜まるのだから丁度良いのかもしれない。
今日は、特に何もない日であるからまっさら綺麗なままである。実を言うと珍しくもなんともない。

ふかふかとした椅子に座って、ギャレオの持ってきた書類に目を通し始める。
指先で白い紙をなぞりながら、丁寧にチェックをする。
一日の仕事は静かに始まった。

のだが、

いつもは他の部下の様子を見に、書類を手渡すとすぐに執務室を出て行く副官が
今日はじっとこちらを伺いながら立っている。
「…どうした?」

すこし眉を顰めたような表情で佇む彼を見上げながら、アズリアはそっと尋ねた。

「いえ…隊長の顔色が少し悪いように見えて。
 ……何か、ありましたか?」

驚いた。まったくそんな自覚は無かったのだが、長年付き添っている部下だからこそ
分かるものであったのだろう。

―禄に隠し事も出来ない、か。

アズリアはそっと息をつく。
必要以上にプライベートへ口を出してこないこの部下は、「何があったか」と聞いて
答えたくないと応えればそれで終わりにしてくれる。
けれど、こちらが話をすれば、真っ直ぐな目線で真剣に聞いてくれる。

そんな姿勢は「彼」に似ていると、今朝の出来事を引きずったままの脳が呟く。


いつもは自分の私情で仕事が進まなくなることを厭う彼女であるが、今日は何かが違った。
きっと、机の窓際から見える綺麗に広がる空が、吸い込まれそうになる程青かったからだ。


「今日、アイツの夢を見たんだよ」

「…あの者、ですか。」

断片的な言葉で察してくれるのもまた、彼であるからだ。
尤も、たとえすぐには分からなくても、目の前に佇む副官にとってアズリアと同じく、
あの島の出来事は妙に印象深く残っているらしく、記憶を引き出すのは容易だろう。

「そうだ。私とアイツが学生だった頃の…もう随分前のことだな。
 アイツはへらへらと笑ってて、そんなアイツに私は怒鳴ってて。」

懐かしすぎて、変な夢だろう?
微笑みながらそう言うと、黙って話を聞いていたギャレオも、そっと笑う。
昔よりは穏やかになったそれが、何だか意味深に思えた。

「良かったですね、隊長」
「…何がだ?」

「夢の中だけでも、あの男に会えて。」


好きだったのでしょう?と訊かれたのは、帝都から出航する日だった。
それも随分前のこと。
けれど、そんなに自分の心が駄々漏れになっているのかと、内心ショックを受けていたことは忘れていない。
見た目に似合わず、人の機敏に彼は聡いのだ。今も。
そんな彼の言うことだから、認めざるを得ない。

昔すぎるけど、一方的に喧嘩していたけど、良い夢だった。
暖かくて優しい、陽だまりのようなあの人の夢。


「…そうだな。」



++++++++++++++++++++
よく分からない。(えええ)
とりあえず隊長のお仕事っぷり背景を自分の中で固めるために書いてみました的な…
とりあえずブツブツ言いながらもレックスの夢見ちゃったvって心の底で思っちゃう隊長。
ギャさんは既婚設定。隊長の紹介で纏まりました。(…!)
ご、ごめなさ…(脱兎)








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