読む前に:「ヒーローは遅れてやってくる」の続きであります。





「……っ!」


さすがに、キツい。






 夢 の 先 へ 






ザシッと音を立てて、ウィスタリアスの切っ先が土へ埋まる。
剣を杖代わりにして、膝をつく。
近くで敵の兵士を払っていたアズリアが、血相を変えて駆けてきた。

「レックス!」

大丈夫かと、言わんこっちゃないを足したような声色が、手を添えられた肩の近くから降ってくる。

額から流れた汗が、じわりと頬を伝い、マフラーへ染み込んでいく。
荒れた息を抑えながら、握った拳越しに前方を見遣ると、剣で振り払った後の残党が体制を立て直している所だった。
なるべくならば操られている当人に傷をつけたくはない。
適度に打ちのめして、すぐには復帰できないようにするのがベスト。
しかし、悪魔を拠り所にした兵士達は、その力を借りて際限なく動き続ける。

キリがない。


「他の人は、大丈夫?」

「あ…あぁ。お前が大方片付けてしまっているからな。
 私の隊はそんなにヤワでもない。…それより、お前…」

「マナが…足りない。もう少ししたら、抜剣状態が途切れてしまう、かも…」

今まで感じたことのない感覚だった。
体中のマナが剣へと注ぎ込まれ、枯渇状態へと陥る。
貧血に近いものかもしれない。
いつもならば、自分の限界が近づけば自然と抜剣状態も解けるのだが、
剣に賭けるしかない今の状況を悪化させる訳にはいかないという、確固たる思いだけが
ウィスタリアスを維持させていた。


握りすぎて白く血の気を引かせた手が、蒼い光に透けて壊れてしまいそうだ。
揚々と助っ人に名乗り出たのに、この体たらくは情けない。
こんなものだったのか、自分の力は。
何一つ状況を変えられない、島を遠のくと、まともに体を動かすことも出来ない。

レックスが自責の念に頭を垂れたその時、小さく暖かな手が彼の手の力を抜かせるように撫ぜた。
顔を上げ、そっと目蓋を開けると、自分よりも二回り小さなそれが添えられている。
その暖かさ、肉刺の感触、しなやかな指―彼女の手。


目を見開き、添えられた腕伝いにアズリアの顔を覗き見る。
その瞳は、その表情は、

戦場には不似合いなほどに柔かく、穏やか。


「私の、マナを使ってくれ。」

そして、その口から放たれた言葉は予想外のものだった。


「マナを使って細工をするのは、あまり得意ではないが…
 余ったものを相手へ供給するくらいの事は、何とか出来る。」

「でも…君は、大丈夫…なのか?」

「さあ?…少なくとも、今日はもう紫電絶華は打てないと思う。」

肩をすくめて苦笑いする彼女には、割り切ってしまった潔さがあった。
こんな風に『決めてしまった』彼女の意思を動かすのは、並大抵のことではない。
それは既に何年も前に、レックス自身が学んでいることだった。

「……レックスに、賭ける。
 大丈夫だと言う、守りたいと言う、お前の剣とお前自身に。」


ふわりとアズリアの黒髪がざわめく。
放たれようとしているマナが、体中を駆けめぐり、練りあげられている。


刹那。
蒼い光が溢れ出した。

アズリアが魔力の増幅機のような役割になり、
ウィスタリアスから発せられる気配は、より強靱なものとなる。

その荘厳な光は、悪魔をおののかせるだけでなく、周りの帝国軍兵士達の目を奪った。
見る者全てを圧倒する光。
大きな力は畏怖の念を与えるが、心ある者を抱擁しようとするような暖かさも持っている。


レックスは抜け出していた力が戻っていくのを感じた。
冷えた手を湯につけた時のように、指先からじわじわと全身へ伝わっていく。
それだけではない。見慣れた筈の剣の輝きも、今日は違って見える。


場所のせいでもない。

久々に抜剣をするからでもない。


きっと、


「お前の剣は…変わらず美しいな」

重ねられた細い指にきゅっと力が籠り、囁くような声が聞こえた。
目線を降ろすと、穏やかに笑うアズリアの瞳が飛び込んでくる。
戦場で浮かべるにはあまりふさわしくない。

けれど、心奪われてしまう瞳。

暖かな力が彼女を通じて溢れてくる。


その力に、何かがフラッシュバックする。…一昔前のことを思い出した。
あの島での出来事。
ズタボロになった自分に発破を掛けた、誰よりも心配させてしまっただろう彼女の言葉と瞳。
あの日も、今のように自分の全てを受け入れてくれた。
自分の『本当の笑顔』を思い出させてくれた。


ああ、そうだ。
この剣がこんなにも美しいのは、当たり前なのだ。


「綺麗に、決まってるよ。」

敵の軍勢を見据えながら、アズリアは目を丸くする。
視線をこちらには向けず、先を促す。


「ねえ、君は知ってたっけ?
 このウィスタリアスは、君への想いを込めて打ったんだよ。」

「…そうなの、か?」

「皆を守りたい、そして皆で一緒に苦しいことを乗り越えたい…それを叶えるための剣。
 それを教えてくれたのはアズリアだ。
 ―ありがとう、…って、そういう想いを。」

「…………そう、か。」


二人の体を循環し増長されるマナが、溢れる寸前にまでウィスタリアスに溜まってきた。
漏れ出した蒼い光が、辺りの景色を浮かびあがらせる。
それは、地上に広がる青空のようだった。


剣のマナが充足されたことを察すると、アズリアはそっと柄から手を外した。
体中の魔力を一気に放出した疲れが押し寄せているようで、脱力感と戦いながら立とうとしている。
それを支えようとレックスは手を伸ばすが、思ったより力強い手で振り払われた。
俯き加減の顔から目線だけ上げ、埃を被った白い軍服を風に流し、凛とした黒い瞳で彼を諌める。

何の為に、マナをやったと思っている。



召還獣の咆哮と剣の交わる音は、未だ鳴り終わらない。
アズリアばかりに意識を取られていたレックスは、もう一度気を引き締めた。
こんな風に争う理由なんてない。
穏やかな暮らしを壊す権利なんて誰にも無いのだ。
人間でにも、混沌に生きる悪魔にも。
力のみで解決しようとする戦いは、悲しい結果しか生まない。
止めたい、止めたい。


守りたい。
出来るなら、悪魔に体を乗っ取られてしまったのであろう、彼らも。


甘いと言われ続けた考えは、何年経っても変えられなどしなかった。
それは、芯があると言うのかもしれないし、ただの頑固者であるだけなのかもしれない。
だが、間違っているとは思いたくないのだ。

誰もが、自分らしく笑っていられる世界を、夢見ることを。







ねえ、アズリア。
この願いだけは君とずっと同じだったんだと思うんだ。







すっ、と息を吸い、剣を構える。
狙いは見渡せられる全ての旧王国兵。
ウィスタリアスがどれだけの力を発揮するかは分からない、が。

「うおおおおおぉぉっ!」


ずしりと腕に掛かる剣の重みに任せて、大きく大きく横へと剣を薙ぎ払った。
そして間を置かず、
溢れていた蒼い光が、辺り一面を覆い尽くす。


圧倒的な光量に、視界が全て真っ白になった。






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>戦闘中だというのに……
>色々俺設定でごめんなさい
>アズたん疲れすぎて脳みそ回ってない子みたいな判断ミスだと思われ。
>マナ=魔力 な感じで書いちゃった★
>のたのたお話してても襲われないのはアレです。戦隊の名乗り待ちみたいなもんです。(何その例)






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