光が降り注ぐ。
穏やかな光が髪を揺らし、肩口をすり抜けていく。







迷 子 た ち 



一歩一歩を踏み締める。さっきまで戦場だった焼けた大地は、お世辞にも歩きや
すいものではない。

ふらつく足元に喝を入れ、脱力したように座り込む赤い影にゆっくりとアズリア
は歩み寄った。脚を放り出し、ジャケットについた泥を払う事もせず、彼は顔を俯かせていた。

曇天かと思っていた空は、青く高く澄んでいる。
悪魔達の障気に当てられ、空気が黒く濁っていたせいだろう。

「邪魔になるからくたばるなら余所でくたばってくれ」
「…だいじょーぶ。貧血みたいなもんだから」

再び共に死地を乗り越えた第一声である。十余年振りの再会である。
頭ではもっと言い様があるだろう!と己を叱咤しているのだが、
言葉が喉を駆け上がる頃には、意固地な自分がそれをねじ曲げてしまっていた。
彼相手には直らないその癖。自分の年齢と照らし合わせてもあまりに幼く、情けない。
意のままにならない舌先をもどかしく思いながらも、アズリアはレックスと目線を合わせるように、彼の前へしゃがみこんだ。

「担架を…呼ぶか」
少しも顔を上げないレックスに、そっと声を掛ける。しかし彼はゆっくりと首を振り、代わりに尋ねてきた
「大丈夫だって……終わった…か?」
「ああ…おそらく。この光に何かしらの効果があるのかもしれない。」
聖王国の方からきたみたいだ。
断続的に飛来する光の粒に目をやりながらアズリアが呟くと、レックスは喉から笑い声を漏らして応えた。
「そうだね…この感じ、あの時に似てるから」
「あの時?」
「ディエルゴを倒した後、ハイネルさんが島に境界線を張り直してくれた…時。」
「……」
「すべてのものを癒そうと包み込む…あの感じ。」
何がどうなったかは分からないけど、きっと誰かが頑張ってくれたんだな。そう言うと、レックスは深く息を吐き出す。
その体がふるりと震えるのを、アズリアは見逃さなかった。
レックスが抵抗する間も無く、彼のこめかみを両手で挟み、横に座る自分の方へ顔を向けさせた。

そして、

「……っ!ど…した」
予想外の彼の状態に、言葉を詰まらせた。


ぽたり、ぽたり。
頬に滑らせたアズリアの手に、水滴が零れ落ち、伝っていく。
出所なんてひとつしかなく、アズリアは手を離す事もできずにいた。


もっと違う表情をしていると。
疲れていても、いつものような穏やかで透き通った蒼い瞳が見られると思っていたのだが。

今のレックスの瞳は。
縋るような、反面何もかもを奪ってしまいそうな支配的な色をたたえたその色をしていた。
決して普段誰もが見られるものではない。
その色は恩讐を飛び越えて、甘く熱くアズリアを引き込んだ。


「アズリア…」
掠れた声が耳朶を打ったかと思うと、抱えていた赤い頭が動き、その瞬間強い力で腰を引き寄せられた。
続いた衝撃を迎え、混乱した脳内で始めに認識したのは、レックスに抱き締められているということ。

「あぁ…アズリアだ…アズリア…」
肩と腰にまわされた腕と、肩口で聞こえるただひたすら自分の名前を呼ぶ声が、その認識を早める。


ああ、そんな風に呼ばれたら。

この穏やかな光の粒に包まれてもなお、認めるのをためらっていた心が、
溢れてしまう。
どうしようもなく、求めてしまうではないか。……彼を。

確かに十年以上胸の中で温め続けた想いはある。ギャレオさえ笑って背中を押し、見送ってくれた。
けれど、どうして今更それを掘り返せるか?
何のために自分達は違う道を歩み続けてきたのかわからなくなるではないか!
年月の溝はは埋められない程大きく開いてしまった。
それを取り戻せると思うほど、自分達は精神的に無知ではない。

こんなことをしていては、本当はいけないんだよ、レックス。


アズリアは渇いた喉で必死に息を吸い、そんな言葉を叩き付けるつもりだったのだが。

「…本当に大丈夫なのか?怪我してるんじゃないか?」
「アズリア…っ」
「そもそもお前…何故ここが?」
「アズリア」
「島はどうした?お前…ひとりでここに?」
「アズ、リア…」

決定的な言葉は紡げず、意味のない質問だけが零れ出すばかり。
しかもレックスは、それしか言葉を知らないかのように、彼女の名前を繰り返し続けている。会話が成立たない。

まわされた腕の力は緩むことを知らない。
迷子の幼児のように彼女の背を掻き抱いて離さず、その肩には未だ涙が落ち続けている。

「……レックス?」
このままでは埒があかないと、ひとまず彼を泣きやませる算段を始めた一言目。
宥めるように名前を呼ぶ。それに反応し、ぴくりと肩を震わせたレックスは、
アズリアの目論見など簡単にぶち壊してしまう一言を吐き出してしまった。


広い背中を撫でようと伸ばした彼女の細く締まった腕は、中空でびたりと止まった。


「…好きだよ、アズリア」

先程まで泣きじゃくっていたとは思えないくらい、通った声で彼は呟いた。



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ハイネルさんのくだりは、間違ってたらごめなさ。←←
思った以上にアズリアが意固地になりました。あれ?


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